Uncategorized

【19世紀に確立された栄養学】

栄養学は19世紀に学問として確立されて、

人々の食事と、日常生活の活動から見た、エネルギー所要量
の関係が議論されました。

では、19世紀の人々の食生活はどのようなものだったのでしょうか?

イギリスを例にとってみると、まず、彼らの主食はパンです。

小麦の脱穀は石臼で行われていました。しかし、蒸気機関の発明により

ローラーを回転させる脱穀にかわると、ふすまや胚芽が完全に取り除かれる

ようになり、見かけも味もよい白パンが製造されるようになりました。

経済的に豊かな人々はこれを好み、ふすまや胚芽を含む黒パンは嫌われました。

しかし、このころはビタミン研究はまだされておらず、当然のことながら白パン
からは、ビタミン類は失われ、ビタミン欠乏症になっていることに、
当時の人々は気づくよしもありませんでした。

続きを読む

2回の爆発事件と暴力逮捕、3大栄養素発見者

リービッヒ。1803年5月12日〜1873年4月18日

1803 年息子として生まれました。

リービッヒは、タンパク質、脂質、糖質の栄養素の
問題に正面から取り組んだ最初の化学者です。

偉大な研究者であることは間違いないですが、

2回も爆発事故を起こし、学校は退学、

町の住民と衝突した際に暴力を振るって逮捕されています。

リービッヒの生い立ちと功績について書いていきます。

リービッヒが生まれたドイツ、ダルムシュタットは、

ヘッセン大公国の首都であり、宮廷所在地でもありました。

宮廷図書館には大人向けの化学関連書籍がそろっており、
学校の勉強よりも化学に興味があったため、図書館に通い詰めで

学校にあまり行かなかった。だから、成績もよくなかった。

彼は、中学校に雷酸水銀(起爆薬の材料で、
水銀を濃硝酸に溶かし,エタノールを加えたもので

加熱、衝撃、摩擦によって激しく爆発する。)

工業用雷管として広く使用されてきたが,
現在ではほとんど用いられない。

を持って行って実験、それが爆発を起こし、
退学させられてしまいます。リービッヒ14歳のことです。

続きを読む

体での燃焼の仕組みを研究した。 悲運の研究者、ラボアジエ。

体での燃焼の仕組みを研究した。

悲運の研究者、ラボアジエ。

酸素、水素、窒素の命名者。

フランス革命で処刑されたマリーアントワネットは有名ですが、

時を同じく、研究者ラボアジエも有名な人物です。

サプリのコマーシャルで、燃焼系、燃焼系と、マッチョな
お兄さんが、ペットボトルを抱えてやってたやつ!

覚えていますか?

体脂肪を燃焼するとも使っていますが、一体、いつから

燃焼という言葉が言われだしたのか?

私たちの体の中で、火は燃えていないのに、食べたものが

燃えるのか?

続きを読む

【がんが進行した高齢者では、抗がん剤を使っても効果がない可能性を示す分析結果が出た】

【がんが進行した高齢者では、抗がん剤を使っても効果がない可能性を示す分析結果が出た】

やっと、厚生労働省も、抗がん剤が効かないと認めました。

しかし、アメリカでは、2005年、世界保健機構(WHO)の

下部機関、国際がん研究機関(IARC)の報告で、

悪性リンパ腫、白血病、乳癌、肺癌などに

使われる抗がん剤、シクロフォスファミド

の発ガン性がアスベストと同ランクに位置

ずけられると発表しています。

続きを読む

代謝(メタボリズム)の仕組みを解明した偉人。

代謝(メタボリズム)の仕組みを解明した偉人。

食べ物の体内での科学変化を「代謝」と言います。

私は、新・メタボリズム栄養師協会で、メタボリズム栄養学を広めています。

現在、私が教えているメタボリズム栄養学のルーツは、フランスの生理学者

クロード・ベルナールが、生涯をかけて研究したものである。

しかし、彼が代謝(メタボリズム)の研究を天職として選ぶまでには、

彼の生い立ちと、長い苦悩があり、自分の本当にやりたいことを

見つけられずに悩んでいる、現代の多くの若い人々を勇気づけるものです。

私も、今の栄養学を天職とするまで、3回も職を変えています。

だから、すごくベルナールの気持ちがわかります。

ベルナールは、1813年フランスのローヌ川渓谷、サン・ジュリアンの村で生まれました。

父親は農園で葡萄を栽培しワイン商を営んでていましたが、事業に失敗。

貧困に苦しむ家族を残して死亡。

彼は村のイエズス会の神父さんの援助で、初等教育を受け、

リヨンの大学まで進学させてもらいました。

続きを読む